
著者 / Author
柴 悠介
株式会社リクステップ CEO。業務フローとAIエージェントを接続し、使われるほど改善される業務基盤の設計に取り組んでいます。
01AIは、使うだけでは賢くならない
AIエージェントを業務に置くと、最初の数日は大きな変化が見えます。資料を読ませれば要約し、指示を出せば下書きを作り、連携先を増やせば処理範囲も広がる。ここで「このまま使い続ければ、会社の仕事を覚えていく」と期待したくなります。
しかし、AIは利用回数だけで会社固有の判断を獲得するわけではありません。必要なのは、実行結果を記録し、失敗の原因を抽象化し、次の業務へ再利用できる形にすることです。
02改善の中心は、モデル選びではなく開発ループ
モデルを選び、プロンプトを書き、業務に接続する。そこまでは入口です。企業の差が出るのは、実行後に何を残し、どの変更を採用し、どう検証するかを設計したときです。
- 01実行する
資料を読み、業務を進める
- 02記録する
出力・手順・失敗を残す
- 03評価する
業務の合格条件と照らす
- 04改善する
候補を比較し、小さく変更
修正に使っていない入力で、品質を確かめる
入力資料 → AIが実行 → 実行ログを保存 → 評価 → 改善案 → 小さく変更 → 別データで検証 → 良い案だけを標準化
テスト、ログ、レビュー、リリース履歴、ロールバック。AIエージェントにも、動かした結果を見て変更を管理する環境が必要です。
03改善が止まるのは、AIが怠けているからではない
失敗するたびにプロンプトへ注意書きを足し、後処理へ例外を追加する。この修正は短期的には効きます。しかし続けるほど、設計の周辺だけが厚くなり、処理順や責任分界といった前提を疑えなくなります。
抽出と検算を分ける、計算はコードに任せる、例外は人へ戻す。こうした前提の変更は、現在の指示と履歴を見ながら反省するだけでは出にくい。AIが同じ案の近くを回り続けない仕組みが必要です。
04ハーネスを、AIエージェントの開発環境にする
ハーネスはAIを囲い込む箱ではありません。入力を与え、実行し、評価し、変更を比較するための開発環境です。改善案を作るデータと、採否を決める検証データを分けることで、小さな成功を全体の性能と誤認しにくくなります。
改善ループに必要な4つの部品
- ✓実行: 入力・出力・使用スキルを保存する
- ✓評価: 正確性・完全性・適切性を分けて判定する
- ✓変更: プロンプト・スキル・コードの差分を追跡する
- ✓採否: 改善した案だけを次の標準へ入れる
05実行ログを、個別対応ではなく知識へ変える
ログを残すだけでは倉庫が増えるだけです。複数の失敗から共通の手順を取り出したとき、初めて会社の知識になります。
失敗A
単位を読み違えた
本文と表見出しの単位を確認する
失敗B
表の単位を見落とした
指定単位へ換算して出力する
成功C
手順どおりに処理できた
別形式の入力でも再現するか検証する
保存するのは顧客名や金額だけではありません。どの判断で迷い、誰がどこを修正し、どの条件で採用されたかを残す。個別データを別の入力にも使える業務知へ変換することが資産化です。
06平均点の高い一案だけを残さない
条項抽出に強い設計、金額計算に強い設計、例外処理に強い設計は、別々に存在することがあります。すべてを一つのプロンプトへ詰め込まず、候補を複数残し、入力やタスクに応じて選べるようにします。
先に試す設計差を決める
- ✓LLMに任せる回数を制限する
- ✓抽出と計算を別工程に分ける
- ✓正規化をプロンプトではなくコードで固定する
- ✓例外を人へ戻す条件を変える
07最後に残る仕事は、業務上の正しさを定義すること
AIに改善案を出させることはできます。しかし、その案を採用してよいかは、業務を知る人間が決めなければなりません。
正確性
事実、数値、分類、判断が社内ルールと一致しているか
完全性
必要な情報や確認項目が抜けていないか
適切性
顧客、担当者、期限などの文脈に合っているか
「それっぽい文章」や「一度動いたこと」は合格条件ではありません。確認なしで進められる出力、人の承認が必要な出力、拒否すべき出力を定義し、改善前後を同じ基準で比較します。
08ステップシリーズでは、業務の流れそのものを改善する
リクステップのステップシリーズでは、申請、確認、差し戻し、承認、記録、通知、分析を、単発の画面機能ではなく一つの業務の通り道として捉えています。
- 01AIが読み取る
書類を分類し、不足項目を抽出
- 02ルールで照合
必須条件を機械的にチェック
- 03人が判断する
例外を確認し、承認・差し戻し
- 04判断を残す
修正理由と処理結果を記録
記録をスキルと評価基準へ反映する
申請を受ける ├─ AI: 書類を分類・不足項目を抽出 ├─ ルール: 必須条件を照合 ├─ 人: 例外と判断が必要な案件を承認 ├─ 記録: 修正理由・判断・結果を保存 └─ 改善: 次回のスキルと評価へ反映
最初から万能なAI部下を作るのではありません。どこで情報が不足するのか、誰の判断が必要なのか、どの記録が次の案件に役立つのかを明らかにし、AIに任せる境界を置く。その設計が、速度と安全性を両立させます。
09AI時代の競争優位は、改善を続けられる会社に残る
AIモデルは更新され、ツールの価格も変わります。「どのモデルを使ったか」だけでは、長期の差別化になりにくい。
会社の業務フロー、判断基準、実行ログ、評価データ、改善履歴は、現場で積み上げなければ作れません。正しく運用されるほど次の改善の材料が増える。そこに、AI導入とは異なる価値があります。
AIを導入することがゴールではない。
AIと人間の改善ループを、会社の業務基盤として持つことがゴールだ。
ステップシリーズで目指しているのも、機能を増やすことだけではありません。使われた記録を次の判断に活かし、判断を仕組みに戻し、仕組みをまた現場で改善する。その循環を壊さずに育てることです。
10よくある質問
AIエージェントは使い続けるだけで自動的に賢くなりますか?+
自動的にモデルの重みが更新されるとは限りません。実行ログを保存し、失敗の共通点を手順やスキルへ反映し、独立した評価データで改善を確認する仕組みがあって初めて、使うほど業務に適応しやすくなります。
自己改善ループを始めるときに必要なものは何ですか?+
最初から大規模な機械学習基盤を作る必要はありません。代表的な入力、望ましい出力、失敗例、業務上の合格条件を少数でも定義し、実行ログと評価結果を残せる状態から始めるのが現実的です。
なぜAIに改善案をすべて任せてはいけないのですか?+
AIは現在の設計や過去の指示に引っ張られ、プロンプトの追記や例外処理の追加に偏ることがあります。処理順、責任分界、コード化する範囲まで含めた設計判断は、人間が業務の成功条件をもとに行う必要があります。
